ユーラシア経済ニュース

日本であまり報道されない、ユーラシア大陸の経済ニュース記事を翻訳して紹介しています。

「カイゼン」という落とし穴から抜け出す

 最近ようやく日経クロステック(xTECH)でも、グーグルの提供するビジネススイートであるGoogle Workspaceが扱われるようになってきた。日経クロステックは日本経済新聞社が運営するテクノロジー系のメディアで、ソフトウェアはもちろん土木や建設、量子コンピュータなどのハードウェアなどのものづくりに関する企業や事業などを紹介している。ソフトウェアやクラウドサービスに関する情報であれば海外メディアや提供元の企業のプレスリリースを読んだほうが早いのだが、日経クロステックを読む理由は二つある。一つは「日本のふつうのオジサン」でも分かるように書いているので、「日本のふつうのオジサン」の知識水準を推し量れるということ。もう一つは「木村岳史の極言暴論!」というコラムが読みたいことである。

 さて、ビジネススイートというのはビジネスに必要なソフトウェアをひとまとめにして提供するサービスで、もっともわかりやすいのはマイクロソフト社の「オフィス」だろう。ワード、エクセル、パワーポイントがセットになったあれである。Google Workspaceというのは、グーグル版のオフィスみたいなものである。ワードはグーグルドキュメント、エクセルはグーグルスプレッドシートパワポはグーグルスライドという形で機能や使い勝手もだいぶ異なるが、それぞれ文書作成、表計算、プレゼン作成という機能を持っている。

 日本の会社で導入されているような買い切り型のマイクロソフトオフィスとの違いは、Google Workspaceはクラウドサービスだということだ。またワード、エクセル、パワポと同様の機能を持ったサービスのほかにもメールアカウント(Gmail)、ビデオ会議ツール、チャットツール、YouTubeチャンネル、メモアプリ、カレンダー、予定管理ツール、クラウドストレージなどもセットになっている。これらが諸々すべて使えるようになっていて、月1,360円という価格設定になっている。

 ややこしいのはマイクロソフトも同様のクラウドサービスを提供していることだ。マイクロソフト365と呼ばれるクラウドサービスも、グーグル同様月1,360円でワード、エクセル、パワポなど、Google Workspaceと同様にビジネスコミュニケーションに必要なツールがほぼすべてそろったものが使えるようになる。

 教育機関向けのプランも用意されており、たとえば早稲田大学ではGoogle WorkspaceのFor educationというプランが講義や課題のために使われている。日本でもベンチャーなど若い会社では当たり前のようにマイクロソフト365またはGoogle Workspaceが導入されており、使えないと仕事にならない。私のYouTubeチャンネルもGoogle Workspaceのアカウントで運用している。

 こういった流れは総称して「クラウド化」と言われる。旧来の企業向けシステムというものは、だいたいがベンダーに発注して、自社の業務に合わせた要件にしてもらって、テストして、納品して本稼働・・・という流れで開発されていたのだが、クラウドサービスならばアカウントを登録するだけで使い始めることができる。アメリカやドイツ、中国などの会社では、ツールは業界のスタンダードを導入してツールのほうに仕事のやり方を合わせるので、クラウドサービスを会社で契約して、あとはそれを使って仕事のできる人間を採用する。使えない人間はクビになったり、自分の使えるツールを使っている会社に転職していく。雇用市場が流動的な国では、そうした形で企業も柔軟に自社システムを導入することができる。こういう国々では経営陣が自社の業務に必要なシステムをトップダウンで導入して、旧来の業務を完全に削減するとかオートメートするとかが可能だ。

 日本の労働生産性はご存じの通りG7中最下位で、アメリカの6割程度でしかない。この原因は日本が極めて優秀なものづくりの国だからだ。ものづくりを支えるのは「現場のカイゼン」であるが、ことソフトウェアやシステムに関してはこまごまとしたカイゼンをいちいち繰り返していては時間の無駄である。よく「車輪の再発明」と揶揄されるが、ソフトウェアの恩恵は「一度作った機能は無限に再利用できる」というところにある。メールやドキュメント制作、書類の出力など、実際に仕事の場面で行われる作業というものは大概が定型化されている。さらに、それらは企業間でも実質的にやっていることは変わらない。だから、一度作ったシステムをいろんなところで使い回せば済む話なのだ。現に、ドイツで最大の時価総額を誇る企業、SAPはその発想で巨大になった。同社はもともとIBMのエンジニアだった5名が独立して設立したソフトウェア企業で、設立当初は企業のシステム開発を受託していたが、いろいろな企業の案件を受けるうちに作っている機能にどの客も変わらないことに気づいた。そこで、どの会社でも使うような機能をまとめて、ERPエンタープライズ・リソース・プランニング)という名前を付けて売り出したところこれが爆発的にヒットし、ドイツ最大の企業にまで成長したのだ。さらにドイツ人は圧倒的に年間の労働時間が短いことでも知られている。

 日本では、クラウドのパッケージに含まれていて、それを買って使えば済む機能でも自社で開発(ベンダーに発注する場合も含む)したがる。なぜそうなるかといえば日本では現場のカイゼンが至高善とされているからだ。ちょっとしたアドオンを入れたり表示の色を変えたりといった「細やかな仕様変更」を繰り返すことが偉いことにされてしまっているのだ。経営陣も、知識やコンセプトがないからシステムに関しては現場に丸投げして「我が社の強みは現場力」とか言う有様だ。実際に製品や部品のハードウェアを作っているならともかく、そうでもない業種でいう「現場力」とは経営陣のマネジメント能力の欠落を示す証拠でしかない。「現場力」の結果、誰もメンテナンスできない謎のエクセルマクロが量産されたり、部門ごとにバラバラに適当なクラウドが導入されていたり、「シャドーIT」と呼ばれるようなシステム管理者の監視の目が行き届かない野良システムが動いていたりする。そんな魑魅魍魎の魔窟に首を突っ込むわけにもいかないから、ITコンサルタントも新規のクラウドサービスを適当に売って終わり、ということでお茶を濁さざるを得ない。

 いちおう念押ししておくと、製造業がダメだとかいう話ではまったくない。製造業の考え方や成功体験をITに横展開してはダメだという話だ。実際にものをつくる仕事とデジタルの仕事はまったく特性が異なるのに、日本はアメリカに礼賛されたトヨタ生産方式墨守しすぎで、ものづくりのアイデアをそのままデジタル領域にも持ち込む傾向がある。

 今後経済発展していくのはインドや東南アジア、さらにはイランやアフガニスタンといったユーラシア、西アジアの国々である。こういった国々の人たちは、それこそGoogle WorkspaceやMicrosoft365といったクラウドツールを買ってきて、すぐに次の段階に進むことが当然だという感じで企業活動を行っていくだろう。「リープフロッグ」と言われるように、遅れてきた国は一見不利に見えるが、すでに実験や検証された技術やツールを使って飛躍的に発展することができる。そのときに旧来のやり方や方法に固執する日本企業や日本人従業員、管理職はあっという間に淘汰されてしまうだろう。そうならないためには、すでにある機能は買って済ませ、それがあるのは当然という前提の上でどうやって付加価値を生むかに頭を絞らなければならないのだ。

 

※この記事は本ブログに無料記事として掲載したものです。

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