ユーラシア経済ニュース

日本であまり報道されない、ユーラシア大陸の経済ニュース記事を翻訳して紹介しています。

クソリプから精神を守る 現代インターネットと沈黙交易

 以前noteの「あなたがSNSやテレワークでバカになるワケ」という記事で、人間の意思決定にはエネルギーが必要で、細かい無意識的な決定を要求されるデジタルは疲れやすいという趣旨のことを書いた。あれは認知科学的な側面から考察したものだったが、私はYouTubeを投資日記という名称でやっているし経済学部卒業なので、もう少し経済寄りの観点からこの問題について考察しておきたいと思う。というわけで今回は「SNS疲れの結果、オンラインコミュニケーションは沈黙交易と化していく」という仮説についてである。
 沈黙交易(Silent Trade)とは何か。それは直接的な接触を避けながら物々交換を行うための方法である。ある部族が、縄張りの境界に交換する物を置いて去る。すると、別の部族がそれを持ち去っていき、今度はその部族が交換に出したいものを置いて去って行く。これを繰り返すことによって、他部族との直接的な邂逅を避けながら任意の物品を交換することができる。直接的に顔を合わせることに伴う紛争のリスクを回避しながらも交易を行うための手段として、人類学の分野では知られた交易形態である。
 この現代的なリフレインが「置き配」である。従来の宅配では配達員がインターホンを鳴らし、住民が直接応対して品物を受け渡すという形式が一般的だったが、パンデミックの影響により直接的な接触を避ける必要に迫られた。そこで生み出されたのが、玄関ドアの前や共有玄関に設置されている宅配ボックスに荷物を置き去り、配達員が去ったのちに受取人が取りに行くという形式の「置き配」である。これは現代的な「沈黙交易」の復活である。「見知らぬ人間と直接対峙することのリスク」が、パンデミックによって疫学的な側面から強調された。
 パンデミックがなくとも、得体の知れない人物との対面にはリスクが伴うものである。いきなり殴られるかもしれないしナイフを隠し持っているかもしれない。あるいは配達員のふりをした強盗かもしれない。単なる物品の受け渡し一つ取っても、じつは以上のような隠されたリスクが潜んでいる。経済学ではこれらのリスクを総称して取引コストという。ヤマト運輸や佐川急便、日本郵便などの配達員が制服を着用し、広告宣伝も大規模に行うのはこの取引コストを低減するための努力である。ぼろぼろのジャージを着た人間が来てもドアを開けられないが、ヤマトの制服を着た配達員であれば安心して応対することができる。この安心感の正体は取引コストが低いということである。あれこれのリスクを考える必要がなく、習慣的に確立されたやり方を何も考えずに行えばタスクを完了させることができる。あらゆるブランディングマーケティング活動も、すべてはこの取引コストを下げることを目的として行われている。
 さてSNS疲れやデジタルコミュニケーションによる疲労感が生じる理由を、オンラインコミュニケーションは「取引コストが高いから」という観点で考えてみよう。SNSでのいわゆる「クソリプ」を考えてみる。ツイッターではある投稿(ツイート)に関して別のユーザーが返信をすることができ、その返信をリプライと呼んでいる。だが、リプライの中には元々の投稿の意図を著しく読み違えたものや文脈を勘違いしているもの、単なる誹謗中傷、マウンティング、あまりにも低レベルな質問、宣伝目的のスパムなど、クソなものが多々紛れ込む。これらクソなリプライを通常「クソリプ」という。以下ではツイッターに限らず、SNS上で行われる同様のものを包括的に「クソリプ」と呼ぶことにする。SNS上の誹謗中傷や暴言などは自殺者も出すほど深刻な問題であり、SNSを運営する企業も対応を迫られているが、このクソリプ問題をユーザーの道徳や倫理、マナーの問題として考えてもあまり意味はない。なぜなら、道徳や倫理観を共有するとは文脈を共有するということであるが、SNSのようなデジタルプラットフォーム上ではそもそも文脈を共有するということが不可能だからである。
 SNS上ではあらゆるコンテンツが文脈も脈絡もなく流れてくる。さらにそれにアクセスしている人のリアル環境での状況もまた千差万別である。ある人は業務としてオフィスで同僚と議論しながら見ているかもしれないし、またある人は昼食をとりながら片手間で見ているかもしれない。また別の人はベッドで横になり映画を流しながら見ているかもしれない。このような現状で、すべてのユーザーに任意の投稿に対して同程度の道徳と倫理を要請するのは土台無理な話である。
 SNS上で何気なく投稿した内容に対してクソリプが付くのは、リアルな取引で考えれば市場に出かけていって「魚が欲しい」と言っただけでいきなり殴られるようなものだ。リアルでこういうことがあれば当然「もうあの市場に行かない」と決心するはずなのだが、SNSではなぜかなかなかそうはならない。ある市場で殴られた人は、こういうリスクを避けるために沈黙交易的なマーケットを選ぶだろう。殴られないという評判になっている市場に移動したり、自動販売機や無人販売で魚を買い求めようとするだろう。
 物理的なモノのやりとりであれば、沈黙交易というものはわかりやすい。SNS上では物理的に殴られたり蹴られたりするわけではないため、精神的な取引コストには自覚的になりづらいのだが、実際にはクソリプをはじめとする多大な取引コストがかかっている。そうである以上精神衛生を保って情報を収集したり発信したりするためには、インターネットの使い方も沈黙交易的になっていかざるを得ないのではないか。
 時間をかけてきちんと整えられたコンテンツのみをじっくり読み、また時間をかけて整えたコンテンツを投稿する。このような沈黙交易的な使用法が、トータルで見た場合の取引コストを低減し、精神的に安定したコミュニケーションの役に立つのではないかと思う。

 

<読書案内>

沈黙交易―異文化接触の原初的メカニズム序説

ウェブはバカと暇人のもの (光文社新書)

ネットは基本、クソメディア (角川新書)

子供にどういう能力を伸ばさせるべきなのか

 私のYouTubeチャンネルの視聴者層は45歳以上が圧倒的に多く、全体の約50%以上を占めている。その層は子供の教育や高校受験・大学受験といったテーマにも関心があるだろう。

 

 私は地方の公立高校から東京大学文科II類に現役で合格したし、その後順天堂大学医学部と日本大学医学部の筆記試験にも合格した(面接でハネられてしまったが)。つまり文理に渡る各科目について詳しいし、勉強法や受験テクニックにも詳しい。なので視聴者層にとって役に立つ見解を提供することができるだろうということで、受験ネタもやっていきたいと思う。

 

 表題にもあるとおり「どういう能力を伸ばさせるべきなのか」というのは悩みの種だと思う。東大を始めとする有名大学に入って、大企業に就職すれば安泰・・・という時代はとっくの昔に過ぎ去った。かといって英語やプログラミングをやればいいというわけでもない。ましてやYouTuberになればいいというものでもない。

 

 まず語学については、自動翻訳の性能が圧倒的に向上している。さらに音声読み上げの性能ももの凄く向上している。グーグル翻訳は無料だし、音声読み上げに関してもクラウド上のサービスで、英語の文章を読み上げのファイルにしてくれるサービスが月額99ドルで利用できる。つまり月1万円程度だ。私はNatural Readersというものを使っているが、自然なナレーションを作ってくれる。自分の動画を宣伝するわけではないが、この自動読み上げを使って作った動画がこちらだ。さらに恐ろしいことに、このNatural Readersは英語のみならず日本語を含む26カ国語に対応している。ヒンドゥー語ロシア語中国語で作ってみたポッドキャストのリンクも貼っておく。

 

 これはつまり、中途半端な語学力やスピーキング能力を身につけたところで全く仕事につながらない、ということだ。ちょっとした情報や案内を伝えるための音声なら、AIで作れてしまう。近い将来に日本語でしゃべった内容をほぼリアルタイムで英語に吹き替えしてくれるサービスもタダみたいな値段で提供されるようになってくる。そうなると英語を勉強する意味がまったくわからなくなってしまう。子供としても、「単に受験で必要だから」という理由でイヤイヤ勉強するのでは学習意欲も湧かないし身に付かないだろう。

 

 次にプログラミングであるが、これは圧倒的な才能がなければ意味のない世界だ。インドや中国の、超一流の教育を受けたソフトウェアエンジニアと競っていかなければならない領域だ。また、ソフトウェアの分野ではあらゆる機能が標準装備されるようになっていく。つまり、苦労してある機能を作ったとしても、グーグルやアップル、マイクロソフトといった超巨大企業が似たものをタダで提供してくる。たとえば少し前にClubhouseという音声交流SNSが流行ったが一瞬にしてTwitterのSpaceという機能で代替されてしまった。TikTokが流行ればYouTubeが似たShorts機能を付ける。Slackが流行ればマイクロソフトがTeamsで攻勢をかける。

 

 このように、いわゆる従来型の「スキル」や「知識」というものはあっという間にソフトウェアで代替されてしまう時代になっている。我々よりもスマホクラウドサービスに慣れ親しんでいる若い世代は、多かれ少なかれその現実を肌身で感じているはずだ。にも関わらず受験勉強をする意味をどのように説明するのか、どういう能力を身につけるために勉強してもらえばいいのか。

 

 答えは簡単で、身につけるべき能力は国語力だ。つまり日本語で論理的に思考する力である。英語もプログラミングも、使いこなす土台となるのは日本語で論理を組み立てる力だ。

 

 グーグル翻訳を使いこなすためには、機械が翻訳しやすい日本語の文章が書けなければならない。主語と述語がはっきりしており、修飾語が何をどう修飾しているのかが明瞭な文章でなければちゃんとした翻訳にならない。翻訳された文章が良いのかマズいのかは、英語圏の思想や哲学に関する知識がなければ判断できないが、そういう知識は日本語でも翻訳者が書いたエッセイなどから得ることができる。また、大学受験レベルの英語でも英語圏の考え方の片鱗には十分触れることができる。東大の英語の問題など英語圏の思想が分かっているかを問うているようなものだ。

 

 プログラミングも、どのような対象をどうやって処理するのかということが明確に日本語で言語化できれば、その処理を機械にやらせることはどんどん簡単になっている。プロのソフトウェアエンジニアになろうとするときも、レベルの高いエンジニアになるために必要なのはハードウェアの知識だったり、そもそもコンピュータがどのように情報を処理しているかのサイエンスの知識だったりする。処理速度を早くするために必要なのはメモリ上にどのようにデータを展開するかだったり、サーバーとの通信をどんなふうにパソコンが処理しているかだったりを理解していることで、それが分かっていればコーディング自体はさほど問題にならない。

 

 論理の筋が通ったきちんとした日本語を書くことができれば、それを英語を始めとする各国語に翻訳したり、コンピュータープログラムに落とし込むことは容易だ。さらに、新しい技術や制度、考え方が出てきたときにも、きちんと論理を追う習慣と力が身に付いていればすぐに知識や技術にもキャッチアップできる。つまりいろいろなことが起こっても対処できる力になっていく。

 

 だから子供に身につけさせるべきは国語力であって、古典を始めとする文章をたくさん読ませることだ。

 

 では何から読めばいいのか。

 

 とりあえず、三島由紀夫『若きサムライのために』、 水村美苗『日本語が滅びるとき』を推奨しておく。

「カイゼン」という落とし穴から抜け出す

 最近ようやく日経クロステック(xTECH)でも、グーグルの提供するビジネススイートであるGoogle Workspaceが扱われるようになってきた。日経クロステックは日本経済新聞社が運営するテクノロジー系のメディアで、ソフトウェアはもちろん土木や建設、量子コンピュータなどのハードウェアなどのものづくりに関する企業や事業などを紹介している。ソフトウェアやクラウドサービスに関する情報であれば海外メディアや提供元の企業のプレスリリースを読んだほうが早いのだが、日経クロステックを読む理由は二つある。一つは「日本のふつうのオジサン」でも分かるように書いているので、「日本のふつうのオジサン」の知識水準を推し量れるということ。もう一つは「木村岳史の極言暴論!」というコラムが読みたいことである。

 さて、ビジネススイートというのはビジネスに必要なソフトウェアをひとまとめにして提供するサービスで、もっともわかりやすいのはマイクロソフト社の「オフィス」だろう。ワード、エクセル、パワーポイントがセットになったあれである。Google Workspaceというのは、グーグル版のオフィスみたいなものである。ワードはグーグルドキュメント、エクセルはグーグルスプレッドシートパワポはグーグルスライドという形で機能や使い勝手もだいぶ異なるが、それぞれ文書作成、表計算、プレゼン作成という機能を持っている。

 日本の会社で導入されているような買い切り型のマイクロソフトオフィスとの違いは、Google Workspaceはクラウドサービスだということだ。またワード、エクセル、パワポと同様の機能を持ったサービスのほかにもメールアカウント(Gmail)、ビデオ会議ツール、チャットツール、YouTubeチャンネル、メモアプリ、カレンダー、予定管理ツール、クラウドストレージなどもセットになっている。これらが諸々すべて使えるようになっていて、月1,360円という価格設定になっている。

 ややこしいのはマイクロソフトも同様のクラウドサービスを提供していることだ。マイクロソフト365と呼ばれるクラウドサービスも、グーグル同様月1,360円でワード、エクセル、パワポなど、Google Workspaceと同様にビジネスコミュニケーションに必要なツールがほぼすべてそろったものが使えるようになる。

 教育機関向けのプランも用意されており、たとえば早稲田大学ではGoogle WorkspaceのFor educationというプランが講義や課題のために使われている。日本でもベンチャーなど若い会社では当たり前のようにマイクロソフト365またはGoogle Workspaceが導入されており、使えないと仕事にならない。私のYouTubeチャンネルもGoogle Workspaceのアカウントで運用している。

 こういった流れは総称して「クラウド化」と言われる。旧来の企業向けシステムというものは、だいたいがベンダーに発注して、自社の業務に合わせた要件にしてもらって、テストして、納品して本稼働・・・という流れで開発されていたのだが、クラウドサービスならばアカウントを登録するだけで使い始めることができる。アメリカやドイツ、中国などの会社では、ツールは業界のスタンダードを導入してツールのほうに仕事のやり方を合わせるので、クラウドサービスを会社で契約して、あとはそれを使って仕事のできる人間を採用する。使えない人間はクビになったり、自分の使えるツールを使っている会社に転職していく。雇用市場が流動的な国では、そうした形で企業も柔軟に自社システムを導入することができる。こういう国々では経営陣が自社の業務に必要なシステムをトップダウンで導入して、旧来の業務を完全に削減するとかオートメートするとかが可能だ。

 日本の労働生産性はご存じの通りG7中最下位で、アメリカの6割程度でしかない。この原因は日本が極めて優秀なものづくりの国だからだ。ものづくりを支えるのは「現場のカイゼン」であるが、ことソフトウェアやシステムに関してはこまごまとしたカイゼンをいちいち繰り返していては時間の無駄である。よく「車輪の再発明」と揶揄されるが、ソフトウェアの恩恵は「一度作った機能は無限に再利用できる」というところにある。メールやドキュメント制作、書類の出力など、実際に仕事の場面で行われる作業というものは大概が定型化されている。さらに、それらは企業間でも実質的にやっていることは変わらない。だから、一度作ったシステムをいろんなところで使い回せば済む話なのだ。現に、ドイツで最大の時価総額を誇る企業、SAPはその発想で巨大になった。同社はもともとIBMのエンジニアだった5名が独立して設立したソフトウェア企業で、設立当初は企業のシステム開発を受託していたが、いろいろな企業の案件を受けるうちに作っている機能にどの客も変わらないことに気づいた。そこで、どの会社でも使うような機能をまとめて、ERPエンタープライズ・リソース・プランニング)という名前を付けて売り出したところこれが爆発的にヒットし、ドイツ最大の企業にまで成長したのだ。さらにドイツ人は圧倒的に年間の労働時間が短いことでも知られている。

 日本では、クラウドのパッケージに含まれていて、それを買って使えば済む機能でも自社で開発(ベンダーに発注する場合も含む)したがる。なぜそうなるかといえば日本では現場のカイゼンが至高善とされているからだ。ちょっとしたアドオンを入れたり表示の色を変えたりといった「細やかな仕様変更」を繰り返すことが偉いことにされてしまっているのだ。経営陣も、知識やコンセプトがないからシステムに関しては現場に丸投げして「我が社の強みは現場力」とか言う有様だ。実際に製品や部品のハードウェアを作っているならともかく、そうでもない業種でいう「現場力」とは経営陣のマネジメント能力の欠落を示す証拠でしかない。「現場力」の結果、誰もメンテナンスできない謎のエクセルマクロが量産されたり、部門ごとにバラバラに適当なクラウドが導入されていたり、「シャドーIT」と呼ばれるようなシステム管理者の監視の目が行き届かない野良システムが動いていたりする。そんな魑魅魍魎の魔窟に首を突っ込むわけにもいかないから、ITコンサルタントも新規のクラウドサービスを適当に売って終わり、ということでお茶を濁さざるを得ない。

 いちおう念押ししておくと、製造業がダメだとかいう話ではまったくない。製造業の考え方や成功体験をITに横展開してはダメだという話だ。実際にものをつくる仕事とデジタルの仕事はまったく特性が異なるのに、日本はアメリカに礼賛されたトヨタ生産方式墨守しすぎで、ものづくりのアイデアをそのままデジタル領域にも持ち込む傾向がある。

 今後経済発展していくのはインドや東南アジア、さらにはイランやアフガニスタンといったユーラシア、西アジアの国々である。こういった国々の人たちは、それこそGoogle WorkspaceやMicrosoft365といったクラウドツールを買ってきて、すぐに次の段階に進むことが当然だという感じで企業活動を行っていくだろう。「リープフロッグ」と言われるように、遅れてきた国は一見不利に見えるが、すでに実験や検証された技術やツールを使って飛躍的に発展することができる。そのときに旧来のやり方や方法に固執する日本企業や日本人従業員、管理職はあっという間に淘汰されてしまうだろう。そうならないためには、すでにある機能は買って済ませ、それがあるのは当然という前提の上でどうやって付加価値を生むかに頭を絞らなければならないのだ。

 

※この記事は本ブログに無料記事として掲載したものです。

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ゆっくり資本主義新聞は「近代批判」をテーマにしたウェブメディアです

ゆっくり資本主義新聞とは何か

 

 ゆっくり資本主義新聞は、YouTubeチャンネル「ゆっくり資本主義チャンネル」を運営する世界知太郎(せかいしるたろう)による世界の政治・経済情勢を解説するウェブサイトです。テレビや主流メディアを見ているだけではわからない世界情勢や企業活動、思想や哲学・宗教に関する記事をアップロードしていきます。

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 世界知太郎は無論ペンネームですが、筆者は東京大学経済学部卒業、ドイツ留学や官公庁勤務、投資ファンド設立などを経て、現在もBloomberg、Reuterなど海外ニュースサイトを日々渉猟して日本のマスコミでは報道されない事件や出来事についてウォッチしています。

 その一部はYouTubeでもコンテンツとして配信していますが(たとえば経済安全保障を取り扱ったhttps://youtu.be/dARjGrBJosMなど)YouTubeというプラットフォームの性質や動画というメディアの特性上伝達が難しい内容も多々あります。


 YouTubeチャンネルを広めるために、TikTokInstagramといったSNS向けにコンテンツを制作して投稿する、という実験をしてみました。動画の内容をスライド的に画像にまとめ、スワイプを促す仕掛けを作ることで予想以上の「いいね」とフォロワー数を獲得することができ、ある程度の手応えはありました。


 しかし、いま人類が直面するデジタル社会においては、冷静に文章を読み、情勢を分析し大勢に流されることなく考えることが重要であり、それに反するコンテンツを作り続けることには我慢がならないという考えに至りました。脊髄反射的なショートコンテンツではなく、じっくり読めるようなものを配信しなければダメだ、またそのような読解力のある読者に向けて発信しなければということで、新たに「ゆっくり資本主義新聞」としてウェブメディアを立ち上げて発信していくことにしました。

 

近代批判としてのゆっくり資本主義新聞

 ゆっくり資本主義新聞の基本的なスタンス、作業仮説は「近代性の行き詰まりが現代社会に不要な問題を創出している」というものです。近代性とはたとえばリベラル民主主義、合理主義、科学主義、進歩主義、理性主義、啓蒙主義など、いわゆる「西洋近代」として把握される種々の思想のことです。無謬性を標榜する科学、その裏返しとしての科学の全面的な否定、「社会はかならず良くなる」という純朴な進歩主義、「話せばわかる」というような啓蒙主義、「誰もが自分らしく生きなければならない」というロマン主義的リベラル思想など、問題を解決しようとして新たな問題を生み出す人間知性のバグはほぼすべて、近代に誕生した思想にそのルーツを見つけることができます。
 日本は明治維新後の急激な近代化の過程で、東洋的・日本的な思想や哲学を捨て去り、「西洋近代至上主義」を強烈に推し進めることで一国民国家としての地位を確立してきました。その副作用として、「近代性」なるものが、本来異色のものであり適切な距離を持って付き合わなければならない、日本ばかりか人類にとって「特異」な思想であるということが等閑に付されたままうやむやにされてしまっています。
 こうした話は特定の国家や人物、宗派や組織を糾弾して済むことでもないため、共産主義(左派)や保守主義(右派)などといった明示的にわかりやすいカテゴリに収めることも困難です。あえて言えば見出しにつけたとおり「近代批判」であり、特定の具体的な実在する人間や組織に対する批判ではないため、「この世には良いことを考える人と悪いことを考える人がおり、悪いことを考える人を批判するものだ」というような図式で考えている人にはなんなのかわからない、ということになります。私自身も「自分は何と闘っているのか」と疑念に襲われたことは一度や二度ではありません。
 しかし今必要なのはこうした「近代批判」です。グローバル化やデジタル化が極度に進展し、これまでの政治や経済、社会や文化が大きく変わりつつあるいま必要なのは、個々の出来事の現象面だけを捉えて右往左往するのではなく、「近代」という大きなパースペクティブから日々の生活や社会を捉えることです。
 このゆっくり資本主義新聞はそのパースペクティブを提供し、令和以降の人類社会や経済、文化を考察・構築していくための独立系ウェブメディアです。もともとは「ゆっくりMovieMaker」というソフトで制作された動画を総称して「ゆっくり動画」とか「ゆっくり解説」と言われるもので、私のYouTubeチャンネルも「ゆっくり動画で資本主義に関するあれこれを扱う」ということでゆっくり資本主義チャンネルとして開始しました。

 脳の報酬系を刺激するだけの麻薬的コンテンツから乖離して、落ち着いてゆっくり考えることが人類には不可欠です。このような状況では、「ゆっくり」という言葉もいままで述べてきたような私の趣旨に妙にマッチするだろう、ということで、このサイトの名称も「ゆっくり資本主義新聞」ということにしました。

 本体はhttps://yukkuri-capital-paper.comというサイトで掲載していますが、派出所的にnoteやはてなブログにも記事を掲載していきます。よりディープでコアな内容は公式サイトの有料会員限定で配信することを予定しています。

 

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石炭価格も急騰中。コールオプションが必要か

ブルームバーグはドイツのSteag(シュティーク)発電所が石炭を使い果たしたと報じた。世界的なエネルギー危機の中で、石炭価格も高騰している。ヨーロッパはロシアに供給を求めているが、グリーンエネルギーに関する基準に合致した石炭をロシアは用意しなければならないため、いずれにしても供給に時間は要する状況に変わりはない。バンクオブアメリカ原油価格をバレルあたり100ドルと予想し、これが金融危機の引き金になりかねないと警告している。高い天然ガス価格が石油への需要を急増させ、特にディーゼルの需要を増やすという。

 行動制限の緩和も、航空機による移動のための原油需要を引き上げる要因となる。石油の200ドル、天然ガスの40ドルに引き続いて石炭のコールオプションも高騰しそうな気配だ。ロシアは欧州への天然ガスの供給を絞っているが、TurkStreamパイプラインを通じてハンガリークロアチアにはガスを供給し始めている。ノルドストリーム2は完成しているが、パイプラインが稼働するかどうかはまだ不確定だ。ドイツではノルドストリーム2プロジェクトに反対している緑の党が14.8%と躍進して連立政権を構成することが見込まれている。ガスプロムは「ノルドストリーム2が稼働すれば供給を増やせる」と述べており、ロシアの交渉力がますます強まっていく。(Energy Crisis Forces German Power Plant to Halt on Lack of Coal)(Bank of America: Energy Crunch Could Lead to 100 Oil and Economic Crisis)(Apart From Hungary, Gazprom Begins to Supply Gas Via TurkStream to Croatia

 電力価格が特に高騰しているのがイギリスとオランダだ。イギリスでは天然ガスの急騰を受けて電力価格が前月比で10%スパイクし、8月以降10社の電力会社が倒産した。さらに全体の4分の1に当たる数のガソリンスタンドでガソリンが枯渇している。オランダは世界二位の食糧輸出国であるが、電力価格の高騰によって温室の照明や空調を動作させることができず、ある温室の稼働率は50〜80%に留まっている。さらに運送に携わるドライバーも不足しているため、サプライチェーン全体が打撃を受けた状態になっている。食糧価格も上昇していくのは世界的な傾向だ。しかもこれは複数の国や通貨圏にわたる活動のため、どこかの中央銀行が介入すれば済むという話ではない。フランスでは消費者保護のために電力価格に関する税金を安くするなどの措置を導入すると発表した。フランスの電力需要の70%は原子力発電によるものであるため、天然ガス高騰の影響は英蘭ほどではない。だがフランスでは2018年から始まった「黄色いベスト」デモが最近再燃しており、来年4月に大統領選挙を控えているマクロン大統領は有権者の支持を得るためにそうした措置をパフォーマンスせざるを得ない状況になっている。(26% of UK Filling Stations Are Dry, Petrol Retailers Association Says)(France Begins "Price Protection" Measures To Shield Consumers From Soaring Energy Prices

SPACを取り締まるSEC

SPACを取り締まるSEC

 アメリカ証券取引委員会(SEC)はSPACを取り締まり始めている。SPACは特別目的買収会社(Special Purpose Acquisition Company)のことだ。2017年ごろから見られるようになり、2020年の半ばから急激に増加した。買収するための資金だけを集めた会社を作って上場させてさらに資金を集める。その資金によって既存の会社を買収する、というスキームだ。SPACの設立当初に資金を集めるために、ワラントというものが発行される。このワラントとは株式そのものではなく株式を買う権利である。コールオプションとかストックオプションに近いものだ。上場するには当然自己資本要件というものがある。たとえば日本市場でも、東証一部に上場するためには連結純資産の額が50億円以上なければならない。

 SPACのスキームではこのワラントも株式と同じ扱いにすることで上場審査の自己資本要件をクリアしていたが、今年の4月にSECは、SPACが発行するワラントは負債であって、資本性資金ではないとする見解を出していた。会社が調達する資金は負債性資金と資本性資金に分けられ、貸借対照表上は負債、純資産として計上される。株式会社という制度で前提とされているのは、払い込んだ資本金というのは基本的に償還されない、つまり株式に投じたカネはその会社によって払い戻されてはならないということだ。資本の所有者つまり株主は、配当を得るか、株式を第三者に売却して譲渡益を得るかのいずれかの方法によって株式から金銭的リターンを得るものであって、投資先企業に株式を買ってもらう=償還(払戻)を受けるのでは資本とはいえない、これは負債にしろ、というのがSECの立場である。(Staff Statement on Accounting and Reporting Considerations for Warrants Issued by Special Purpose Acquisition Companies (“SPACs”)

 そうなると資本が減って負債が増えることになり、最低資本要件にひっかかってくることになる。だが即上場廃止というわけではない。あまり知られていないがNASDAQは三つの市場に分かれており、ナスダックグローバルセレクトマーケット、グローバルマーケット、キャピタルマーケットである。このうちいま上場しているSPACがいるのはキャピタルマーケットで最低資本要件があるが、グローバルマーケットにはこれがない。従ってグローバルマーケットに鞍替えすれば上場は維持できるのだが、グローバルマーケットにはその代わりに最低株主数がキャピタルマーケットの400人より100人多く、500名の株主がいなければならないことになっている。つまりSPACは新たに100名の投資家を探さなければならないということになる。いろいろいわくつきになってしまったSPACに投資してくれる人を探すのも大変だ。日本でもSPAC上場を可能にする研究会が組織されているが、こうしたアメリカの事例を研究してより利便性の高い制度ができれば日本市場も活気づくだろう。(The SEC Is Cracking Down On SPAC Accounting Yet Again)(SPAC導入で研究会 来年前半に提言 東証(時事通信) - Yahoo!ニュース

スタグフレーションがやってくる

スタグフレーションがやってくる(9月30日分再投稿)

 資源価格の世界的な高騰が続いている。アメリカでは8月29日に発生したカテゴリー4のハリケーン「イーダ」の影響で1日あたり170万バレルの生産が停止している。いまだにハリケーンによる被害からの回復には時間がかかっており、生産停止による供給の損失は最大3,000万バレルに達すると見込まれている。OPEC+による増産分も打ち消して、世界的な供給不足に拍車をかけている。

 欧州は石炭・石油による発電所を再稼働させている。欧州が冬に備えて備蓄を積み増そうとしているため、石炭も年末にかけて高値が続いていく。ロシアがヨーロッパに天然ガスを供給するためのラインであるヤマル・ヨーロッパパイプラインを経由した天然ガスの供給を絞っており、今週月曜から火曜にかけて半分以下に減らしている。オランダでもイギリスでも過去一ヶ月の間に電気料金が倍以上に跳ね上がった。イギリスでは小規模な電力会社が3社突然廃業し、約170万世帯が電力プロバイダの切り替えを余儀なくされている。新規に敷設しているパイプラインプロジェクトであるノルド・ストリーム2も、9月10日にパイプラインの敷設は完了したものの、本格的な稼働はまだだ。現時点では今年末を目指して準備が進められているが、反ロシアのEU国、たとえばポーランドなどによる稼働差し止め請求訴訟などが起こった場合には遅れることになる。(Russian gas supply via Yamal-Europe pipeline falls by more than half)(Extra OPEC oil production canceled out by hurricane Ida outages)(Above Water Tie-in for the Second Nord Stream 2 String Completed – The Offshore Part of the Second Line is Mechanically Completed

 中国では停電が相次いでいる。遼寧省吉林省黒竜江省では信号やエレベーターが機能していないことに住民が不満を漏らしている。北京五輪の開催時には北京に青空を取り戻したいという願望のために習近平カーボンニュートラルに真剣に取り組んでおり、そのために石炭供給が細っている。だがとうとう政府当局者が停電を回避するために「いかなる犠牲を払っても」石油を確保するようにと国営エネルギー企業に命令した。Source Beijingによればインテルクアルコム江蘇省の工場の稼働を停止しているようで、半導体不足もさらに深刻になっていく。資源高と半導体不足というサプライチェーンボトルネックによって、スタグフレーションが進展していく。日本でも、11月か12月くらいからマスコミで「スタグフレーション」ということで騒ぎ出すことだろう。(Source Beijing (@SourceBeijing))(Oil Prices Soar As Beijing Orders Energy Suppliers To Stock Up For Winter | OilPrice.com